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小説をちらほら
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    僕は今日、掴む




    * 

     セントラル駅を降り近づくにつれ、理由もなく胸騒ぎは次第に強まった。 

     中央司令部の門をくぐり一歩踏み入れ、敷地内に入ったその瞬間に身体の中心から別の何かが動き出す気配がした。 

    「……っっ!」 

     中から力を奪われて行くような感覚。胸を抑えその場で蹲ると、憲兵の人が走って近づいて来た。 
    「どうした!? 大丈夫か?」 

     自分に何が起きて居るのか分からないでいると、ぞるぞると自分の影が地面を這うように広がって行くのが見えた。今にも人に襲いかかりそうな勢いで憲兵に向かう。 


    「ひっっ……!! こ、これはっ……」 


    「ば……、バケモノだっっ!!」 

     まさにお似合いの言葉を贈られた。怯え切った憲兵は、紅い瞳で睨みつける影から逃げるように後退りし、建物に走った。自分でもこの得体の知らない物体に身震いするし、しかもそれが他でも無い僕自身から出ている事に本当に嫌気がさす。 

    「お前、う、動くなよっ! 人を呼んでくるからな‼︎ 絶対、この場をっ動くなよ!!」 
     憲兵が完全に建物の中に入り姿が見えなくなると、影は鋭い目付きを少しやめたように思えた。 


     まるで光を取り上げられた気分だ。もしくは奈落に後ろから落とされたか。影は見下すように眺める。 

    「……うっっ」 
     嫌気は憎悪にも変わり、胃はおかしくなった。影は肉体の力を奪い取る。いや、もしくは元々本体は影なのか。だるく重い身体を引きづりながら、まだ少しだけましだと判断し、花壇付近に駆け寄り何度となく嘔吐を繰り返した。 
     コンクリートで舗装された地面は汚れずに済んだが、花や緑は僕のせいで可哀想。 




    「セリム・ブラッドレイ」 

     コツコツと足音が聞こえ、ひたすら突っ伏した僕の元にまず靴だけが見えた。誰だろうと顔を上げると、錬成陣の描かれた手袋をはめ立っていた。サラマンダーの紋章がある。あぁ、確かちょっと前に就任したばかりの大総統だ。 

    「18年ぶりか、この影を見るのは」 
     彼は顔をしかめる。 
    「苦しそうだな」 
    「……直々に、…来るな、んて。……良く許されっ、…ましたね。危険だった、……止められ、ませんで、…した……か………?」 
    「覚醒したかもしれない、と血相変えて報告が来たんでね。だから何事かと思い直にこの眼で確かめに来たんだ。最終判断はこの私にあるからな」 

    「それに、心配は要らん」 
     大総統が言い放ち、横目でちらりと目線を送った。その横には、抜かりなく部下を連れて居るらしくキリッと姿勢を正し女性が立っていた。この人もまた、まったく隙がない。 
          
     そして止まることなく、再び嘔吐した。原因は自分の精神的弱さだ。影は容赦なく僕を拒絶するように荒れ狂っていて何をするか分からない。それを必死に抑えるが、続きそうも無かった。 
    「大丈夫か?」 

    「起こさせない、って母がどんなに僕をっ!!! なんでっ、ふざけるなっっ!! こんなことっ!!」 

     自分でさえ何でこうなったのか、分からないから焦りは時間が経つごとに減るどころか膨れ上がった。 
       
    「まずいな」 
     ロイ・マスタング大総統は、ごくんと唾を飲み込む。 

    「……精神安定剤と睡眠薬の手配を至急、手配しろ」 
     周りの人に命令をし、じっと僕を眺める。 

    「安心したまえ。まだ君は誰も傷つけていない。理由もなくセリムを殺せば、後であいつから怒号が飛んでくるからな。今は判断を見送ろう…」 

     マスタング大総統は、僕の肩にポンと手を置いた。恐れ知らずの人だ。 



    * 


     眼を開けると、そこは知ってる場所だった。ずっと15年間母と過ごしたあの屋敷だ。 

     本当は渋々だったのだろう。大総統の直々の声で多分、この場に帰って来たんだと思う。現に周りの、執事やらを見ればかつては、優しく笑ってくれて居た人達も、今の僕を見てたどたどしく距離を取っている。 


    「中央司令部は、身体に合わないらしいな。かつて“お父様”が地下に居たせいかもしれんな…。 此処ならどうだ? 少しは楽か」 
    「…はい」 
    「そうか。では少し話そう。エドワードからの報告は受けていない。アレが出たのは今日が初めてか」 
    「はい」 
    「そうか。…じゃ済まない。こちらの落ち度だ。君を呼ばなければ覚醒しなかったんだな」 
    「……いえ。それは、分かりません。いつか何かのきっかけで覚醒する可能性はあります」 
    「君は優しいな」 
    「……っ」 
    「ではこちらも、過去の事はもう水に流そう。君には罪が無いからな。気をつけるつもりであるがまぁ多少、その姿であるプライドにやられたことで、今の君に対する目が差し支えたなら済まない」 
    「……いえ、分かってます。正直に言って下さってありがたいです、大総統」 
     「そうか。さて。君の事は18年間、常に見させてもらっていたよ。だから、申し分ないと思ってる。むしろ評価は高い。……まさか判断を迫られる日が来るとはね」 
     苦々しそうに言った。 

    「その気持ちだけで十分です。覚悟は以前からしていますから」 
    「……この件は今の時点では私の判断だけでは下せまい。一番の責任はエドワードに取らせるとしよう」 


    「リゼンブールに帰れるか、セリム」 
    「僕を帰らすなんて正気ですかっ!!?」 
    「あそこが、君の一番安らぐ場所なのだろう?」 
    「……それはっ」 
    「ここに居るより、覚醒はしないかもしれない。被害や損失も少ないだろう。最も、少しでも被害を出すことは許さないがな」 
    「セントラルには居させないって事ですね」 
    「そうなる。悪いな」 
     それは最もなことだ。この国の中心部であり権力の集中している都市が潰れては、危険すぎる。 


     見過ごされた。いや、ひとまず保留になったが正しいかもしれない。でもこれは生き永らえて居るだけで、まるで生きた心地がしない。 


    「セリム坊っちゃん。いえ、セリム様、しばらく見ないうちにまた大きく、そして凛々しくなられましたね」 

     安心した思いと複雑そうな思いを抱え微笑んだ執事の長。声をかけてくれた、その精一杯の気遣いだけでもう僕には嬉しかった。多くの人は眼を合わせないようにただ床を見つめている。 

    「エルリックの家では、とても良くしてくれていますよ。心配しないで」 
    「そうですか。それは何よりです。本当に、良かった」 

     言葉では言わないものの、顔では早く出て行って欲しいと訴える使用人たちに応え、別れにしてはすごく短い会話を交わし、母との思い出に浸る暇もなく、体力があまり戻らないまま僕は、この屋敷を今度こそ出る決意をした。多分、三度目は無い。もう戻りたくは無い場所に変わってしまったんだ。 

    「身体には気を付けて下さい。貴方は誰よりも働く方ですので、無理しないで」 
    「セリム様こそ、…どうか……っ、気を確かに持って下さい。奥様が知ったらさぞ悲しまれることでしょう…。私も心苦しいのですが。しかし、申し訳ございません。我々にはセリム様を置いとくことは、もはや出来ないのです。私の手に余り不甲斐ないばかりに……っ」 

     僕が胎児の時から、家に仕えて居た信頼できる人だ。長としてこの年老いた男性は、誰かに押し付け合いたくなる言葉を責任を持ち、代表して言ったのだろう。とても辛そうに、そして若干怖さに震えていた。 

    「僕が怖い、ですか?」 
    「それはっ」 
    「貴方は立派な方です。昔も今も尊敬しています」 
    「っ! セリム様!」 

     もうこの屋敷に未練なんてない。だからと言って帰る場所なんて僕には無いけど。あの家に迷惑はかけたくないのに、だったらいったい何処へ行けばいいんだ、誰か教えて欲しい……。 


    「もう、良いのかね」 
    「はい」 
    「体調はまだ戻らないのだろう。護衛、いや誰か人を付けさせようか」「いえ、一人で帰れます。気を遣うので独りにさせて下さい」 
    「そうか。エドワードには連絡を入れておこう」 



     絶望でしかなかった。 
     帰る家なんてない。帰っちゃ駄目だ。こんな姿を見たら、もう笑ってくれない。 

         

    「…で、結局」 

     駅を降りて近づくリゼンブールのあの家。この村で暮らすようになってから、まだ3年しか経っていないのに、駅を降りただけで心からほっとする。 
     それは排気のないキレイな空気だったり、澄んだ空、羊や馬の鳴く声だったり。それから、風邪引かないか兄ちゃんよく働くなと気さくに話しかける村人たち。なんだろうこの気持ちは。この村が自分の家だ、ってまるで勘違いしてるみたいだ。 
     だけど、マスタング大総統も言った。「あの村で君の帰りを待って居るはずだ」と。その言葉が心に溶ける。唯一それだけを頼りに僕は、此処に帰って来た。 

    「ぁ……っ、なんで」 
     あの家の屋根が見え最初に眼に入ったのは、昼の陽射しに暖まりながら玄関先で妹に当たる女の子。犬を撫でながらしゃがみ込んで居る姿。失っても構わない、でも最後に確かめてみようと望みをかけて覚悟を決めたはずが、いざ家族の姿を見ると、胸が押し潰されそうになった。それにあの娘は僕が今、一番見たくは無い人だったからこそ。 


    「あ! セリム君!! お帰りなさい!!」
     気づくとすぐ、はしゃぐ様に僕の方に駆け寄って来た。少し前からあえて外で待っていたのだろうか。 

    「そろそろ帰ってくる頃だと思ったの!」 
     まるで主人の帰りを心待ちにしていた犬のように、飛びついては来ないものの嬉しそうに女の子は跳ねる。出発前と今では状況が変わった事を知らないとは言え、屋敷の使用人の態度とは雲泥の差だった。きっと知ったら、僕を避けるだろう。それは当たり前の事だ。 

     あぁ、まずいな。見せてくない。動揺すると影は自制を失い、支配権を奪うように本体から伸び広がる。表に出ようとうごめく黒いものを、残りの無いに等しい体内で抑えるしかなかった。影は嫌いだ。そして僕がそれを憎むほど影は反抗するかのように体内で苛立ち暴れる。 

    「……っっ」 
     息苦しく冷や汗が滲み出した。 
    「どうしたの? 大丈夫??? 顔色、悪いけどっ」 
     ふらつきながら歩く僕に、女の子は手を差し伸べ背中に添えられたその瞬間、身体の中からザワザワと騒ぎ出して、影はいよいよ活気立つ。そして、血の気が引く感覚も襲いかかった。 


    「触れるなっ!!!」 


     思わず、叫ぶとビクついた。それもそのはずだ。僕は生まれてから一度もこんな言葉を吐き捨てた事は無かったんだから。自分でも人格を疑うような暴言だ。大切なものを自分自身の手で壊した気分になったけど、フォローをするつもりはもはやない。 
     きっとあの影と変わらないくらい鋭い形相で言ったかもしれないが、吐き気のため口や顔を手で覆っていたから、見せずに済んだのはせめてもの救いだった。 
     躊躇い、僕の腕に触れようとした手は代わりに空を掴んだ。 

     玄関先までふらついたまま何とか一人で歩いたものの結局僕は、ドアの一歩手前で肩に倒れ込んでしまった。僕よりも一回りも二回りも遥かに身体の小さい14歳ほどの女の子は、支えきれずに地面に尻を着く。その打った衝撃は少なからず痛かったに違いないのに、眉一つ歪めずに、ただ僕の身体を案じていた。 

    「ごめ、いた、かった…っ……んじゃ」 
    「ぇ? なに、セリム君っっ?? もう一回言って」 

     もう僕には、身体を起き上がらせる力も残ってはいなく、このシチュエーションは格好悪いとかそれさえ考えるのが億劫だった。ただこの恐ろしい力の前に無力で自分が情けない。この力が怖くて堪らない。 

    「どうしよ…。どうしたらいいのっっ」 
     女の子は瞼に涙を溜めながら、僕の手を勝手に握る。もう怒って止める元気も無くて、その行為を許した。 
    「セリム君、しっかりして…」 
     影はまだ体内に留まってくれているし、触られることを僕同様影自身も嫌がっていたのに、不思議と少しだけ落ち着いてるように思えた。 
     安堵したらそこからは、 張り続けた糸が切れるように意識が遠のいた。女の子は、相変わらずひたすら繋ぎ止めようと、多分大きな声で叫んでいる。その声が微かにしか聞こえずその上体内でザワザワと雑音が響いているから、僕の耳には届かない。 

     何も知らないから手を握れるんだよ。知ったらもう、僕に触れる気なんて起きるわけが無い。 

    「セン…、ルで、…なに、あっ…の……!? ねぇ! セリ おねが」 
          


    「大丈、夫 …だっ て」 
     心配で張り裂けそうな女の子に、辛うじて僕は、安心させようと呟いたけど、 
        …届いただろうか………。 





         
     * 


     本当に弱い。何度も倒れ、再び目を開けると、空では無く天井が見えた。そしてあの子とエドワードさんが居た。どのくらい時間が経ったのかは分からない。 

    「セリム君っ!」 

     悲しいのか安心したのかどちらとも言えない表情で女の子の瞳からは涙が抑え切れずに流れ出ていた。その上、相変わらず手は僕の手を握ったままだ。 
     …玄関で倒れてから、ずっと? 

     安心したのも束の間だった。意識を取り戻すと、また身体の奥深くも活気立つ。 
    「……っ」 
    「大丈夫か?」 
    「………、エドワードさん僕の中には影が」 

        
     何もかもどうでも良くなった。 

        

    「僕はやっぱり……っ、化物だったんだ!!」 

     絶望と共に留め金を失った影は、制限無く一気に放出した。中央司令部ででものとは比べものにならないほどの膨大な大きさの影で、太陽の日差しを隠し、部屋中が一気に真っ暗に包まれ、無数の赤い瞳が睨みつける。人をも簡単に呑み込みそうな大きな口は、何か言いた気に固く閉じて歯ぎしりする。 

        
     僕自身怯んだがエドワードさんは、一瞬だけ驚いたもののすぐに冷静差をら取り戻した。 

    「落ち着け、セリム! 早まるな」 
     がっしりと僕の肩を掴み揺さぶった。影は何かするわけでも無く、ひたすら震えるように、ただ取り乱し騒ぎ立てる。 

     僕は息が乱れながら、横目で女の子を見ると、凍り付いたように言葉を何一つ発しなかった。力が抜けてようで、さっきまでずっと握り締められていた手を、此処で初めて緩め解けた。 

         
    「…………っつ」 
     女の子は睨みつけるあの瞳から目を奪われ、瞬き一つしない。逸らしたら殺されるんじゃないかと思えるほど、恐怖に心臓を捕らわれているようだった。 
    「手に負えなくなり、誰かを傷つけるくらいならっ…!」 


     幼い時から何度も聞かされていた。もちろん母さんはそんなこと口にはしなかったが。国の権限を持った人からは、場合に寄っては…と、告げられた。だから、もうずい分前から覚悟はそれなりにしていた。 

    「もう、良いんです」 

     誰が許しても、僕自身が存在を許さない。 

    「早く僕を始末して下さい」 

     その時だ。 
     女の子は、何かに連れ戻されたように我に返えり目線を僕に戻した。 

    「やだ! だめ! 始末なんてっ どうしてっ……そんなぁ」 

    「さっきな、セントラルから電話がかかってきた。セリムが覚醒したかもしれないと」 


    「あの大総統が直々に俺に言ったよ。“君ならどうする?”ってさ。つまり俺の一存で取り敢えずは決まるってことになる」 
    「お父さん……」 
     心配そうに女の子は、続く言葉を待つ。賢明にも父親の決定に口を挟まないようにぎゅっと唇を閉じて堪えてるように見える。まるで死刑宣告を受ける瞬間のようだった。でも自分のことなのに冷静に周りを観察しちゃって、他人事に感じた。 

    「殺させない」 


    「なっ! 見過ごすんですか!! 僕を生かしておいてもろくなことにはならないでしょう?!」 
    「お前の影に殺気は感じない」 
    「でも万が一!」 
    「まだ、諦めんなよ。精神力を信じたいんだ。セリム、お前なら影は抑えられるはずだ」 
        
    「こんなっ、人を殺しかねない力を持っているのに!! 誰かの命を助けたい、医者になりたいなんて、笑い草です」 

    「本当に、馬鹿みたいだ………!!」 




    「お、オレがセリム兄を止めるから!! なんかあっても錬金術とかいろんなもん駆使して、絶対、止めるから!! だから、諦めんなよ! セリム兄!! なぁ!!!」 

     少し離れた位置で、様子を伺って居たと思われる長男が、我慢出来ずに声を上げた。眼は嘘のない真剣な言葉だった。 
     でも僕の心には届かない。 

    「絶対、大丈夫だから!!」 




     影が、光を全てを奪った。 


    「もう、終わりなんだよ」 


     誓ったはずだ。母さんと。 
     だけど、それはもう叶わない。 



     嫌なんだ。 
     一日三度ご飯を食べ、寝て、呼吸をして、ひたすら息を吐き吸って、歩いて動いて。誰の役にも立たないまま。希望だけが軋んだ音を立てて空回り。 
     影の狂気に怯え、ただひたすら静かに身を潜める。命が絶えるのを待ち望み、呼吸だけを途方もなくし続ける。だったら、いったい……、 

    「あたし、セリム君が死んじゃうなんてやだよ」 
       


     いったいなんのために、今まで生きてきたんだ。 







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